第6章 媚薬(惚れ薬)
媚薬の歴史
媚薬は、またの名を「惚れ薬」とも言い、恋愛感情を芽生えさせるために用いられる魔女の秘法の飲料である。昔から、ワイン、水、または特定のハーブ(幻覚ハーブも含む)が原料とされ、ときには、その他の魔法の原料が加えられる。惚れ薬の歴史ははるか古代に遡る。かつては、世界中の至るところでごく一般的に用いられていた。だが、初期のキリスト教会の指導者らは、あらゆる魔術、予言、占星術、薬草学、数学分野までも威圧し、もちろん、このような愛を芽生えさせる魔法の水にも眉をひそめた。 12世紀に入ると、両シチリア国を支配していたノルマン国王ロジャーⅡ世によって、惚れ薬の使用が法律上正式に禁じられた。例え効果のないものでも、媚薬はすべて悪魔の道具とみなされ、法律上禁止された。西暦紀元1181年に入り、イタリアのベネチアでは、Doge Orlo Malipierによって魔法の秘薬を全面的に禁止する政令が通過された。ヨーロッパほぼ全土においては、惚れ薬の製造及び使用を禁止する法律が公布され、投獄、拷問、ときには死刑という厳しい罰則が課せられていたにも関わらず、それでも秘薬を製造する者や秘薬を使う魔術師達は後を絶たなかった。
中世に入ると、ヨーロッパほぼ全土において、惚れ薬の人気は最高に達した。'グリーモア'と呼ばれる秘薬の使用法や製造法を記載する魔術の指南書が数多く作られたのもこの頃である。好きな人の食べ物や飲み物にこっそり混ぜて、愛や性欲のとりこにするのに用いられたこれらの古代秘薬の多くには、普通では考えられないものや、様々な動物の体の一部、人間や動物の血液などの気味の悪い原料がごく一般的に用いらていた。
例えば、中世で人気の高かった惚れ薬には、鳩の心臓、スズメのカンゾウ、ツバメの子宮、ウサギの腎臓を乾燥させて挽きつぶした粉が用いられていた。動物だけでなく、魔術師の内臓(心臓、肝臓、子宮、腎臓)の血液を乾燥させ、粉末状にしたものを原料とするものもあった。月がおうし座またはてんびん座(愛を象徴する金星に支配される星座)にある時期にこの媚薬を調合し、好きな人の飲み物や食べ物に混ぜいれて使用していた。
詩人のWilliam Butler Yeats(ウィリアム・バトラー・イェイツ)は、黒猫の肝臓の粉末をブラック・ティーに混ぜ、黒いティーポットで煎じると、強力な惚れ薬ができると信じていた。イギリスの魔術に関する古い文献にはこう書かれてある。
---自分の小指の血(または左手の血)3滴を好きな人に飲ませると、その相手はたちまち恋に落ち、他の人物には目を向けなくなる。
---満月の夜、その血液をこっそり好きな相手の飲み物に混ぜるのだそうだ。正しく実行すれば、月が欠け始める前に惚れ薬の効果が現れるという。
魔女、シャーマン、実践士(祈りを通して、霊的癒しを公に実践する人)などの魔術を行う者達が動物の生殖器官で秘薬を煎じることは古代ではそう珍しくなかった。特に、男女間に愛(特に性欲)を芽生えさせる媚薬には、このような気味の悪い原料が用いられることが多かった。オーストラリアのアボリジニ族は、カンガルーの睾丸の粉末を惚れ薬の主原料に用いることで知られている。また、アメリカン・インディアンの一部では、ビーバーの睾丸の粉末を煎じた秘薬またはお守りを、愛と情熱を呼び覚ます媚薬としていた。このような秘薬は、呪文を唱えながら、相手の体に降り掛けて用いるのが一般的だった。もちろん、飲食物に混ぜて用いたことは言うまでもない。
「最強の媚薬」
16世紀、Girolamo Folengoの媚薬レシピによると、墓地の土、ヒキガエルの毒、山賊(強盗)の肉、ロバの肺、墓地に埋蔵された死体の一部、雄牛の胆汁が原料とされている。古代では、惚れ薬の原料に心臓、脳、肝臓、皮膚などの人体の一部を用いることも珍しくなかった。これらはたいてい、死後あまり時間が経過しておらず、墓に埋められる前の死体から採取されたものであった。
ヨーロッパのグリーモア(魔術の指南書)には、「最強の媚薬」とされる、身の毛のよだつ媚薬のレシピが記されている。 若い少年の目の前で淫らな行為をして見せながら殺し、その少年の骨髄と脾臓を取り出し、これを媚薬の原料としていたという。
このような残虐な魔法が存在していたことを知ると、道徳的な人ならば、一体なぜこのような奇妙な秘薬がつくられるようになったのかと首をかしげてしまうにちがいない。精神撹乱ハーブで頭のいかれた魔術師がこのような秘薬を煎じたのだろうか、無理やり麻薬を飲まされ、虐待を受けながら拷問にあった魔女達が腹いせにでっち上げた作り話なのか、それとも、昔の人達の単なる想像なのか?このような不気味なレシピの秘薬を実際に調合した者がいるのだろうか?もし実際にいたとすれば、本当に媚薬効果があったのだろうか? これらの本当の答えにはおそらく誰もたどり着けないだろう
MAGIC PORTIONS-魔法の秘薬 ©Gerina Dunwich
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